2018年11月16日金曜日

手術は硬い

 アスリートが大きなケガをすると、手術の話になる。

 外科手術っていうのは「硬い」手段。

 そのアスリートのプレースタイルが「硬い」場合は、手術との相性も悪くない。

 プレースタイルが「柔らかい」アスリートは、周りがどう言おうが、手術しない方法を徹底的に探る方がいい。

 せざるを得ないとしたら、柔らかさを守り、生かすためにした方がいいことがある。

 「オフに手術」って話題を見るたびに、「(気のお医者さんに)気づいてくれよ」と願う。

2018年11月15日木曜日

プロアスリートと精神論と医科学

 科学的なトレーニングや栄養学に基づいた食事、サプリメント。きちんとした理論や説明があって取り組むことができるってのはいいよね。

 アマチュアだとどうしてもこう、「指導者と選手または生徒」っていう関係になっちゃって、「全員でグラウンド100周じゃ! 終わるまで帰さんぞ」(※台詞はイメージです)みたいな日々になりがちなんだろうね。

 プロになれば、コーチも選手もまあ、雇われつつもお互いが個人事業主な面もあるわけで。いかに自分で考えて取り組むか、生き残っていくかって部分が強くなる。

 精神論というよりも根性論がまだまだ幅を利かせてるのが日本のスポーツ界で、それに反発する形で医科学にどっぷりになるプロアスリートも多い。

 ただね、ここでもやっぱり、精神論と医科学の二元論みたいになりがちで。その真ん中とか、もっと向こう側とか、そこまで想像できてない人がほとんどなんだよね。その偏りがケガや不調を呼ぶっていう感覚を持てない。

 日本のプロ野球なんかでもね、球団がデータ活用に積極的になってきたり、ビジネス面での変革も進んできたけど、基本的には「MLBに学ぶ」路線でしかないように見えるんだよね。

 成功例から引用する方がプレゼンも導入も容易なんだろうけど、東洋医学と西洋医学が併存できてる日本って国にあって、日本人とスポーツの可能性を柔軟に追究するみたいなのがさ、全然ないよね。

2018年11月14日水曜日

アスリートの食事とサプリメント

 「食べるのも仕事だぞ」みたいな情況ってあるよね。アスリートなんかはもう、嫌々食べたりというか、無理に食べさせられるようなことだってあるでしょう。

 それ、今すぐやめた方がいいよ。

 嫌々食べる行為は、正しいエネルギーにならない。正しい身体にならない。大変な量のサプリメントを飲むのもそう。

 科学的に必要だったり、機能するはずだったりしてもね、にこにこと元気に役立つようなエネルギーには変換されない。

 一時的、物理的に理想の肉体、見た目を手に入れることはできるかもしれない。「肉体改造が成功した」となるかもしれない。

 でもその「強化された」見た目の中を流れるはずのエネルギーは、流れになっていない。ブツブツと途切れたものが、バラバラのまま移動しているような感じ。

 だからケガをしたり、病気になりやすくなったりする。

 医科学の発展がスポーツの進化を支えていることは確かだけど、医科学に基づくトレーニングで以前よりもパフォーマンスが落ちてしまったアスリートはかなりいる。年齢が理由にされちゃってることが多いけどね。

 「アスリートをデータに当てはめようとするトレーニング」は失敗するよ。

 アスリートに必要なのは、人より優れたエネルギーの流れを生み出して、それをパフォーマンスに繋げることなんだから。困ったら「気のお医者さん」においで。









2018年11月13日火曜日

サプリメントのコツ

 サプリメントを目の前にして「さあ食べよう」と思える人がどのくらいいるだろうか。

 サプリメントは「栄養補助食品」だけど、おいしそうだと感じるにはかなりの技術が必要となる。

 しつこく書いてきてるけど、「おいしく食べる」に勝る栄養はない。「おいしいものを食べる」とか「食材にこだわる」とかはもう、二の次三の次。

 栄養素だけを「摂取する」っていうのは、無表情、無感情な物質だけを取り込むってことで、それがその人本来のエネルギーの流れをむしろ阻害する、なんてこともあるのよね。

 「サプリメントは飲むな」とか言いたいんじゃないのよ。僕だってちょいちょい力を借りるしね。

 ただ、それが習慣になるとね。何となーく、惰性で続けたりしちゃうじゃない。摂取する側とされる側の両方が無表情になっちゃうっていうのは、「カロリーだけが身体に入ってくる」みたいな感じでね。難しいのよ。

2018年11月12日月曜日

料理が完成するとき

 料理が作られるのは、目の前に運ばれるためではなく、誰かに食べてもらうため。

 作る人の「おいしく作る能力」だけでなく、食べる人の「おいしく食べる能力」も試される。どんなに優れた料理人であっても、食事の100%を管理することはできないということ。

 目の前の料理の持つエネルギーを引き出せるか、台無しにしちゃうかは食べる人にかかってるわけね。そう考えると料理人ってのは切ないような気もするけど、無闇な責任感も無用ということで。

 理想的なのは、料理人の込めた「気」と食べる人の「気」が掛け算のように組み合わさって、何倍ものエネルギーに変化すること。

 胃に入ったものを具体的にイメージするのは結構大変。料理が完成するのは、食べる人が飲み込む直前ってとこかね。

2018年11月11日日曜日

ホールフードとは何かね

 「ホールフード」という考え方がある。食材を丸ごと食べるのがよろしいって感じかね。ミンチとか粉とか、部分だけを食べるのは駄目よっていう。

 いいよね、分かりやすくて。

 では、分かりにくいことでお馴染みの「気のお医者さん」は、ホールフードをどのようなものとして扱うのでしょうか。

 人が料理に込めるエネルギー、気というものがあります。

 作る人が込めるエネルギー。これはまあ、よく言われるやつ。「料理は愛情」とか、「うちのご飯が一番だね」とか、あとあれだ、「誰かを思ってにぎるおにぎりは美しい」とかね。

 もう一つは、食べる人が込めるエネルギー。「おいしそう」だと思って食べるのと、「食べたくない」と思って食べるのとでは全然違う。

 インターネットの時代になって、ますますこう、栄養素とか素材だけを取り上げてね、食べろだの食べるなだのって情報が踊り狂っておりますがね。

 人の食べる力ってものが軽視っていうか、ないものとして語られていて。分かってんだか分かってないんだかみたいな人たちが日々「不衛生不衛生まずいまずい食えたもんじゃない」とかのたまっていらっしゃる。

 まあ、断定して分かりやすくしたいのが人の常でございますからね。

 ミンチだろうが粉だろうが、色んな食材を組み合わせて一つの料理にする力が人にはある。

 ジャンクだろうが電子レンジだろうが、おいしく食べる力が人にはある。

 そういうものが意外と複雑に絡み合っているのが、人の食事でございまして。目の前にあるその料理、一品だろうがコースだろうが、それを一つの「ホールフード」と見なすのが気のお医者さんの立場で。それをきちんと、残さず食べるのが大事ですよ、と。

 そういう前提があるもんだから、給食の話も難しいんだよなー(笑)。

2018年11月10日土曜日

無理に食べさせるとどうなるか

 前々回までの給食シリーズでもちらっと書いたけど、無理に食べさせる、食べさせられるってことは結構あって。

 無理だというものを泣いてまで食べさせると何が起きるか。

 「食べたくない」と思われると、食べものはひねちゃう。「お前は駄目だ」と言われた人間と同じようにいじけてしまって、本来持っていたエネルギー(気)が急速に悪化する。

 僕はもう、これが一番もったいないことだと思う。

 物理的に食べものを食べものとして扱わないこと、食べずに廃棄することを世の中では「フードロス」と呼んでるけど、本当のフードロスはその前から始まってるのよね。

 食べものをおいしそうだと思うこと、食べたいと思うこと。おいしい、食べて良かったと思うことが一番重要なんだけど、それを邪魔する要素が多すぎるのよ。

 食事が正義でお菓子が悪。グルテンは悪。糖質は悪。ジャンクフードは悪。オーガニックだけが正義。

 まあ、そうやって定義づけちゃえば楽だからね。やっぱりこう、悪いところを見つけて、食べる前から判断しちゃいたいのよ。

 その人が食べてる様子をしっかり見て、自分の目で判断するのって大変だから。

 「それ以前に箸ができないから駄目」とか言う方が楽だから。

 たまにね、超一流のアスリートの偏食が話題になったりして、無意味な常識に衝撃を与えたりするじゃない。で、必ずお医者さんやら栄養学の先生やらに聞いてみた的な記事なんかが出て、「極めて特殊なケースだと思われます」みたいな感じになってて、常識さんたちは「やっぱりそうだよな」って安心する。

 好きなものに集中することで得られる「素晴らしく効率の良いエネルギー」をスルーしちゃう。これってとんでもない損失だけど、科学で証明されてないから全部でたらめですうふふ。

 給食なんかでも、「(こんなの)食べたくない」って思われる前にね、「いらないんだったら食べたい」っていう子に食べてもらえるのが一番いいのよ。