2022年12月22日木曜日

プチでもやったら戻れない! 美容整形に踏み切る前に

 その美容整形は、あなたに必要でしょうか。

 鏡に映るあなたは、真実のあなたではありません。
 写真に写るあなたも、真実のあなたではありません。
 あなた自身があなたの顔を知ることはないのです。

 この事実に気づかないまま、自分の思い通りの顔になろうとする人が増えています。

 自分の思い通りの顔は、あなたを見ている相手にとって、実に奇妙で不自然なもの。
 落とせない厚化粧や、載せただけのカツラのようなものです。
 何を考えているか分からず、気味が悪いものとして映ります。

 あなたは自分の顔に人一倍敏感なつもりかもしれませんが、実際は誰よりも鈍感なのです。

 美容整形を決心する前に、ぜひ「気のお医者さん」にご相談ください。

 あなたの顔はあなたの気を発するためにあります。そのための優れたデザインになっています。

 宣伝のための美容整形の話に流されてしまう前に、どうぞ気づいてください。

 「鏡を見るのもイヤだから整形したい」のかもしれませんが、本当の問題は「顔について悩めば悩むほど、気と顔とが分断されてしまう」ことにあるのです。

 顔と気とを正しく接続できれば、鏡に映るあなたが変わります。

 気のお医者さんは、あなたに傷をつけません。ダウンタイムなどで顔を隠す必要もありません。

 あなたの大切な顔、大切な身体、大切な時間。あなただけの、大切な人生。

 後戻りできない決断をする前に、気のお医者さんをご検討ください。


2022年11月29日火曜日

パニック障害の相談にいらした東京都・Tさん(40代女性)からのメール

メールご紹介の経緯


「奇跡の健康法」みたいになるのは違うかなあと思うので、依頼者さんたちに体験談の寄稿をお願いしたことはありません。

とはいえ、自分の仕事や能力を自分(のサイト)で説明するのはとても難しいことです。僕としては書くまでもないと思えるようなことこそが、依頼を検討されている方にとって一番大事なことだったり。

そんなとき、東京都のTさんから一通の素敵なメールが届きました。パニック障害がきっかけで「気のお医者さん」にいらした40代の女性です。

受診後に「なんでみんな病院なんか行くんですか?」という名言を残していったTさん。ご本人そのままの声で聞こえてくるような、リアルな温度が詰まったメールでした。

……あれ? 皆さんが知りたいことって、こういうことなんじゃないかしら。そんなこんなで掲載を快諾してくださったTさん、本当にありがとうございます。

プライバシーに配慮して一部を改変してはおりますが、ご本人の見ている景色を損なわないように気をつけたつもりです。

では、どうぞ。


東京都・Tさんからのメール


こんにちは!

ただの近況報告(長いです)なので、お暇な時にでも読んでください。

昨日、壁に書いていた書き初めの日にちが、令和X年X月X日となっているのを見て感慨深くなりました。

1年前は家で救急車を呼んで大学病院に運ばれ、すぐに相談室にお邪魔した日です(笑)。

懐かしい……。正直アッという間過ぎて記憶がないのですが、今は新しい環境で優しい人に囲まれて過ごせています。

会社は古臭いことも多いですが、社長も会社の人も倫理観があり、優しくたくさん助けてくれます。

ジムでもインストラクターの人と仲良くなったり、BBQの夢は叶っていませんが、会えば話したり一緒に練習したりする人ができて、1年前に「こうなったらいいな」と思っていたことが少しずつ叶ってきています。会社でもジムでも周りから話しかけてもらえるようになったし、上司が残業していても「お先に失礼します」と言えるようになり、嫌なことを引き受けたり、物分かりのいい部下みたいなことはやらなくなりました。

基礎幸福度が上がったのか、前よりも日常のストレスが少なくなりました。何か大きい変化や幸せがないと幸せを感じなかったのですが、今は毎日幸せを感じられるし、体調も良くなり、通勤で途中下車は今のところ一度もありません。

本当にありがとうございました!

(しかし、昨日、あることがあり、朝まで一睡も出来ず初めて会社を休んでしまったのですが、原因は何となく分かっているので、大騒ぎはしていません。明日は必ず出社しますので!)

恋愛になるとまだまだ相手に合わせていってしまい修行中です。

最近、数年ぶりに気になる人ができたのですが、無意識にいい子になる自分がいて、一旦、自分を律する時間を設けるためにクールダウンしています。

まだ何も始まってないのですが、誰と恋愛するにしてもこのクセは直したいので、頑張ります。

自分らしく居られない時は居心地悪いしモヤモヤするので気がつくようになりました。
1年間よく頑張ったなという気持ちと、まだまだやりたいことあるから頑張ろうという気持ちです。

長々書きましたが、色々ありがとうございました!

引き続きよろしくお願いします。

2018年11月16日金曜日

手術は硬い

 アスリートが大きなケガをすると、手術の話になる。

 外科手術っていうのは「硬い」手段。

 そのアスリートのプレースタイルが「硬い」場合は、手術との相性も悪くない。

 プレースタイルが「柔らかい」アスリートは、周りがどう言おうが、手術しない方法を徹底的に探る方がいい。

 せざるを得ないとしたら、柔らかさを守り、生かすためにした方がいいことがある。

 「オフに手術」って話題を見るたびに、「(気のお医者さんに)気づいてくれよ」と願う。

2018年11月15日木曜日

プロアスリートと精神論と医科学

 科学的なトレーニングや栄養学に基づいた食事、サプリメント。きちんとした理論や説明があって取り組むことができるってのはいいよね。

 アマチュアだとどうしてもこう、「指導者と選手または生徒」っていう関係になっちゃって、「全員でグラウンド100周じゃ! 終わるまで帰さんぞ」(※台詞はイメージです)みたいな日々になりがちなんだろうね。

 プロになれば、コーチも選手もまあ、雇われつつもお互いが個人事業主な面もあるわけで。いかに自分で考えて取り組むか、生き残っていくかって部分が強くなる。

 精神論というよりも根性論がまだまだ幅を利かせてるのが日本のスポーツ界で、それに反発する形で医科学にどっぷりになるプロアスリートも多い。

 ただね、ここでもやっぱり、精神論と医科学の二元論みたいになりがちで。その真ん中とか、もっと向こう側とか、そこまで想像できてない人がほとんどなんだよね。その偏りがケガや不調を呼ぶっていう感覚を持てない。

 日本のプロ野球なんかでもね、球団がデータ活用に積極的になってきたり、ビジネス面での変革も進んできたけど、基本的には「MLBに学ぶ」路線でしかないように見えるんだよね。

 成功例から引用する方がプレゼンも導入も容易なんだろうけど、東洋医学と西洋医学が併存できてる日本って国にあって、日本人とスポーツの可能性を柔軟に追究するみたいなのがさ、全然ないよね。

2018年11月14日水曜日

アスリートの食事とサプリメント

 「食べるのも仕事だぞ」みたいな情況ってあるよね。アスリートなんかはもう、嫌々食べたりというか、無理に食べさせられるようなことだってあるでしょう。

 それ、今すぐやめた方がいいよ。

 嫌々食べる行為は、正しいエネルギーにならない。正しい身体にならない。大変な量のサプリメントを飲むのもそう。

 科学的に必要だったり、機能するはずだったりしてもね、にこにこと元気に役立つようなエネルギーには変換されない。

 一時的、物理的に理想の肉体、見た目を手に入れることはできるかもしれない。「肉体改造が成功した」となるかもしれない。

 でもその「強化された」見た目の中を流れるはずのエネルギーは、流れになっていない。ブツブツと途切れたものが、バラバラのまま移動しているような感じ。

 だからケガをしたり、病気になりやすくなったりする。

 医科学の発展がスポーツの進化を支えていることは確かだけど、医科学に基づくトレーニングで以前よりもパフォーマンスが落ちてしまったアスリートはかなりいる。年齢が理由にされちゃってることが多いけどね。

 「アスリートをデータに当てはめようとするトレーニング」は失敗するよ。

 アスリートに必要なのは、人より優れたエネルギーの流れを生み出して、それをパフォーマンスに繋げることなんだから。困ったら「気のお医者さん」においで。









2018年11月13日火曜日

サプリメントのコツ

 サプリメントを目の前にして「さあ食べよう」と思える人がどのくらいいるだろうか。

 サプリメントは「栄養補助食品」だけど、おいしそうだと感じるにはかなりの技術が必要となる。

 しつこく書いてきてるけど、「おいしく食べる」に勝る栄養はない。「おいしいものを食べる」とか「食材にこだわる」とかはもう、二の次三の次。

 栄養素だけを「摂取する」っていうのは、無表情、無感情な物質だけを取り込むってことで、それがその人本来のエネルギーの流れをむしろ阻害する、なんてこともあるのよね。

 「サプリメントは飲むな」とか言いたいんじゃないのよ。僕だってちょいちょい力を借りるしね。

 ただ、それが習慣になるとね。何となーく、惰性で続けたりしちゃうじゃない。摂取する側とされる側の両方が無表情になっちゃうっていうのは、「カロリーだけが身体に入ってくる」みたいな感じでね。難しいのよ。

2018年11月12日月曜日

料理が完成するとき

 料理が作られるのは、目の前に運ばれるためではなく、誰かに食べてもらうため。

 作る人の「おいしく作る能力」だけでなく、食べる人の「おいしく食べる能力」も試される。どんなに優れた料理人であっても、食事の100%を管理することはできないということ。

 目の前の料理の持つエネルギーを引き出せるか、台無しにしちゃうかは食べる人にかかってるわけね。そう考えると料理人ってのは切ないような気もするけど、無闇な責任感も無用ということで。

 理想的なのは、料理人の込めた「気」と食べる人の「気」が掛け算のように組み合わさって、何倍ものエネルギーに変化すること。

 胃に入ったものを具体的にイメージするのは結構大変。料理が完成するのは、食べる人が飲み込む直前ってとこかね。